こ や き   ぐ り  第 16 回

あべので花ひらく もちもちの食感

「櫻」 その2

熊谷 真菜



 おいでやすっ。

 この一言で島本さんとの関係は、はじまる。

 おっちゃんは、とにかく女性に弱いので、年配の人であろうと、小学生であろうと、やさしい言葉をかけるのも忘れない。その一言にふれたくて、立ち寄る人も多いのだ。



 屋号についてたずねると、「警察前の・・・」ではピンとこないから、とある女性が「櫻」と名付けてくれたのだそうだ。

 桜ではなくて、櫻。
 おっちゃん曰く「二貝(階)の女が木(気)にかかる」。これだと漢字も覚えやすい。

 ロシアの作家チェーホフの『櫻の園』も、女性の友情や学校生活をテーマにしたものだったように記憶するが、おっちゃんの好みの世界が屋号にも反映されていて、よくあるたこ焼屋さんとは、ひと味もふた味もちがう、粋な雰囲気をかもし出しているのだ。

 7年前、間口も倍にして、「天下一品のたこ焼」のりっぱな看板もはいった。



 おっちゃんの会話はなかなかファジーで、色っぽいが、たこ焼を焼く手は真面目で几帳面。
 大きなタコや特製ソースを入れた年代ものの壺が整然と並び、鉄板のまわりのそうじも行き届いている。

 白いエプロン、ブルーのキャップ。これがおっちゃんのトレードマーク。
帽子の下のやさしい笑顔は、子供のようで、ついついおっちゃんのペースに乗せられてしまう。

 コナを混ぜる音もリズミカル。

「機械だと混ぜすぎて、おっちゃんはそな思います」。
仕事に関すると口調はきびきびしてくる。

戻る 続く


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