ポヨヨンメッセージ

 あつあつのたこやきを口にいれたときの感触を思い出してほしい。カリッとこげめのついた 皮をやぶって、トローリと半熟状の小麦、コリッとタコの歯ごたえ。この食感がたこやき人気の引き金 になったことはだれもが実感しているだろう。どんな人も、その瞬間はポヨヨンとした表情をしているはずだ。たこやきのポヨヨン、たこやきにまつわる人々のポヨヨン、そして私もたこやきのようにポヨヨンと いきたいと思っている。

写真:たこやきが焼きあがる一瞬。ひっくりかえしの技は見ていて飽きない。

著書の紹介 

著書 「たこやき」(リブロポートより出版)

目次とちょっと紹介

第一章 たこやきの誕生 より<正しいたこやきの定義>

第二章 たこやき前史

第三章 戦後のたこやき

第四章 たこやきをめぐる技術 より<つまようじの文化史>

第五章 下町にひらく屋台文化 より<たこやきを焼く人・食べる人>

第六章 粉食考

第七章 暮らしを楽しくする技術

写真:現存する明石玉の型と明石玉。この鍋が今のたこやきのルーツとは意外な事実。


<正しいたこやきの定義>

 たこやきを知るために、十年まえからさまざまな文献にあたっているのだが、たこやきそ のものをあつかっている書物も、たこやきについてのちょっとした記事にもほとんど出会え ない。たこやきなんて−−−というのが、ふつうの人の率直な気持ちだろう。(略)
 ここで一般的なたこやきの定義として『広辞苑』(岩波書店、第四版)を引用してみると、

 たこやき〔蛸焼〕 水に溶いた小麦粉に刻んだ蛸・乾しえび・ねぎ・紅しょうがなどを
 加え、鉄製の型に流しこんで、球形に焼き上げる食物。大阪から全国に広まる。

(略)だが残念なことに『広辞苑』の記述のとおりに、たこやきをつくったとしても、決して うまいものはならない。なにを参考にして書かれたのか、ここでのたこやきの説明は、たこ焼 の前身であるラヂオ焼きの作り方にそっくりである。

(略)『広辞苑』だけを責めるつもりはないが、この項の執筆者はほんとうにうまいたこやき を食べたことがないのだろう。彼らはたこやきの真実の姿を知らないだけなのだ。それなのに タコヤキの項が盛り込まれ、半世紀前のつくり方を参考にした記述とは、世の中のたこやき認識 の弱さ、いい加減さをみせつけられた思いである。

 でもわたしは怒ってはいない。こんなあつかいを受けるところが、たこやきのたこやきたるゆえん なのである。たぶんたこやき愛好家たちは、たこやきらしいなあ、と笑ってすますにちがいない。

<つまようじの文化史>

(略)さて、つまようじ。
 駅弁の割り箸袋には、つまようじがそっと添えてある。これは食後の歯のそうじ用と考えてい いだろう。つかわれないままに捨てられることもしばしばである。だが、たこやき−−−特に ソースのたこ焼は、つまようじなくしては語りえないほど、つまようじの持つ意味は大きい。

 はい、できあがり!お皿を手わたされるとき、たいていはじっこのたこ焼に、つまようじが 刺さっている。そしてそれは決して一本ではなくて、二本。多いときには、四、五本もついて いる。

 なぜたこ焼に二本のつまようじをつけるのか、真剣に考えたことがある。そのとき得た結論 としては、一本だとくるくるまわって安定の悪いたこ焼も、二本刺すことでしっかり固定でき る。お箸のミニチュア的な機能といおうか。なかがあつあつのほやほやのものは、一本ですん なり口まで運ぶことは容易なことではない。つまり一人前のたこ焼に、二本のつまようじをつ けるのは、決していきあたりばったりの無駄な添え物ではないのだ。

<たこやきを焼く人・食べる人>

 たこやきを追いかけて、いろいろ調べていると、「たこやき屋でもしはるんですか」と怪訝 そうに聞く人がいる。さまざまな情報が出回っている今日、ノウハウのひとつくらい、どこに でもころがっていそうに思うのだか、意外と門外不出なのだ。そこでもっとも有効かつ、てっ りばやいのが、はやってる店の人に直接たずねること、にはちがいないのだが、店の人だっ て何度も失敗を重ねて、その独自の味をつくりだしているのだから、そう簡単に教えてはくれ ない。

 腕に自信のある店主は、まあゆっくり観察して帰りなさい、と肝心なことには決して口 を開かないけど、いやな顔もせず、応対して下さる。ここで「肝心なこと」とはタコなどの材 料の仕入れ方とコナの配合、あとは焼くときのちょっとしたコツ、そのくらいだろうか。しか しこの「肝心なこと」だけはいくらお金を積まれようと、教えるわけには行かない、という。

 明石で玉子焼(※注)を焼いている横井孝子さんは、お父さんから、向井のおじさん直伝のコナの調 合を伝えられたが、彼女は「まあ、この味もわたしの代で終わりでしょうね」とあっさりおっ しゃる。

 もったいない、という気もするが、孝子さんには子供はいないし、玉子焼の一子相伝という のも、聞いたことはない。本当にうまい店が彼女の代で終わるのはとても惜しいが、それはそ れでしかたのないことだという気もする。たこ焼きや玉子焼きという庶民の味には、そういう 運命の方が似合っているのかもしれない。

  ※注  玉子焼  俗に明石焼きと呼ばれ、だしにつけて食べる、比較的柔らかでシンプルなたこ焼


好っきゃねん大阪  月刊たこやきめぐり  真菜のホームページ